月夜見 
残夏のころ」その後 編

     “秋の初めの…”


あの途轍もなく暑かった夏は、
そうそう人間なんぞの思う通りにはならないか、
九月に入ったからって何するものぞと、
しばらくほどは同じレベルで居座り続けていたのだが。
大きな台風に二度も洗われたとあっては、
さすがに上空の空気も入れ替わるものか。
あちこちで熱中症騒動が騒がれたことが、
ほんの数日前とは思えぬ勢いで、
するするするっと朝晩が涼しくなり。
昼間のお日和も、
陽射しの溌剌さこそ あんまり変わりはないものの、
木陰にいればしのげる優しさへと移りつつあり。


  そうしてそして、
  いい気候になる秋と言ったら
  様々な行楽あり、行事ありの季節でもあるものだから


軽トラを停め、運転席のドアを開いたその瞬間、
どこからか
キンモクセイの華やかで甘い匂いがふっと香って来たのは、
そんな嫋やかさとは真逆な、
ガソリン臭との拮抗もあったのだろうが。
住宅街の中とはいえ、
整備されたアスファルトの道なりにやって来たものが、
そこから先には土の香りも満ち満ちた、
緑の多い広い空間が開けていて。
そんなところだと見たついで、
おおと思わず深々と息をしたせいもあったのだろう。
明るい陽射しは夏の強引なそれに比べるとずんと軽やかで、
それに照らし出された平らなグラウンドには、
体操服の指定はないものか、
てんでバラバラなTシャツ姿の高校生たちが、
三々五々と散らばっていて。
スタートダッシュやバトン渡しの練習をしていたり、
そうかと思えば、入場門と退場門か、
地面へ横たえられた大きな看板に長い長い足付きのアーチを一対、
とんてんかんと作っている一団もある。
慣れないホイッスルをピーピーと、
時々 音が裏返っての掠れさせつつも吹き鳴らしては、
長い鉢巻き姿でお元気に腕を振り回しているのは応援団か。

 「そっか。ここのガッコもそろそろなのか。」

秋の催し、しかも学校でといえば、
遠足、芋掘り、運動会に学芸会。
それが高校生へまで年齢が上がったならば、
体育祭に文化祭となり。
しらけ世代なんて言われて久しいものの、
先生からの指導の下にやるもんじゃあなくなるせいか、
友達同士での和気あいあい、
気がつきゃ…放課後や自習時間どころか、
お昼休みさえ削ってまでして、
ついつい熱中してしまうのは今も昔も変わらない。
今は丁度、放課後に当たる時間だろうに、
野球だのサッカーだのは、グラウンドが別なのか、
陸上競技をしている顔触れしか
見受けられないところから察するに。

 “10月に入ってすぐってところなんかな。”

出場する競技も決まり、
グループ別の練習に入っておりますというところかと。
熱の入れようはそれこそ学校にもよって、
文化祭の方が主体で、
こっちは単なる競技会扱いなところもあったりするらしいが。
借り物競走や騎馬戦、仮装行列に応援合戦、
その他 名物競技があったりすると、
それへと割り振られた面々は
文化祭の準備以上に、下準備の段階から燃えもする。

 「そこー、声が小せぇよっ。」

来訪者用の駐車スペースにトラックを置いて、
そのまま、門扉が開けっ放しだった門を通り、
校舎の前庭にあたろう校庭へと踏み込めば。
あちこちに散らばっていたグループの声も間近になって。
殊に、応援団だろうか、
上下関係がありそうな指導の声が飛んでるのが、
ここはどちらかといや行儀のいい方の公立校の筈、
だってのに
慣れなかろうバンカラを気取った物言いのように聞こえてしまい。
ついつい苦笑を誘われてしまったところ、
そんな表情の変化を、
手持ち無沙汰だったクチが間の悪いことには見とがめたらしく。

 「何だよ、お前。何か面白いことでもやってたか? 俺ら。」

何かしら上手く回らないことでもあって むしゃくしゃしていたか、
あるいは、本気をクスクスと笑われたとでも思ったか。
絵に描いたような言い掛かりをつけて来た、
上級生だろうかガタイのいいのが、こちらの進行方向前へと立ち塞がる。

 「どしたんだ、○○。」
 「こいつがよ、俺ら見て鼻で笑いやがってよ。」
 「ンだと ごら。」

ある意味 立派な熱血じゃんかと、
見る間にわらわらっと、
取り囲みもいいところな頭数に集(たか)られても
動じないままで感心しておれば、

 「こらぁ、そこで何してるっ!」

制止するよな一喝が、ポーンッとお元気に投じられ。
その声に気づいた面々が動くのももどかしいという勢いで、
どいたどいたと、後方から人垣掻き分け、
前へ前へと出て来た人物はと言えば、

 「あ、やっぱゾロだった。」
 「こんちわっす、先輩。」

喧嘩っ早そうな顔触れの、
いかにもゴツいのの中にあっては、
ますます ちんまりして見える、
小柄でひょろりとした少年。
一応は二年生の筈なのだが、
そうは見えない童顔にのっかった黒髪へ、
長い長い鉢巻き巻いてるところが
ワイルドなヘアバンドというより、
女の子のカチューシャみたいに見えるのは、

 “どうやら俺だけってのでもないらしいが。”

明らかに自分よりもちょこりと小さい相手だというに、
おおルフィか、お前の知り合いか?なんて、
コロッと態度が変わっておいでの周囲のお歴々だと、
これまた鋭くも気がついた彼こそは。

 『ああゾロ、すまんが頼まれてはくれめぇか。』

バイト先のレッドクリフで、
店長さんから直々に託された
“第2弁当”を彼の甥へと届けに来た身の、
ロロノア=ゾロという高校生。
但し、こちらさんのガッコの生徒ではなくて、
しかもしかも、

 「あれ、あいつって 俺知ってるぞ。」
 「誰だよ、何組の奴だ?」
 「三年にあんな奴いたっけか?」

そんな小声でのやり取りが、
さわさわさわさわっと 彼らを取り囲む輪を一気に駆け巡る。

 「…何だ、ゾロって有名人なんだな。」
 「そんなことないっすよ。」

どうぞと差し出した紙袋には、レッドクリフ名物の、
今だと山菜と早生の栗も入った
おこわのおむすびの包みが入っており。
やった、弁当がやっと来たvvと
大喜びのルフィのお耳には届いていなかったが、

 「やっぱ、居合いのゾロだよ。」
 「なんだ、その“ぞろ”っての。」
 「◇◇東高のロロノアですよ、知りません?」
 「ああ"? 知らねぇぞ。」
 「けど、◇◇東高校って…。」

  確か、凄んげぇ強いアタマがいんじゃなかったか?

  それっすよ、それ。
  剣道の猛者だったけど喧嘩殺法で相手へ大怪我させて、
  部から追い出されたとかどうとかで。

  あ、俺も聞いたことあんぞ?
  竹刀や木刀なんてなくとも牛さえ殺せる怪力で。

  暴走族もいるし、
  OBにもおっかない筋モンがいるガッコなのに、
  それが全部、今の年度には手ぇ出せねぇのも、
  あいつが睨みを利かしてっからだって

   ……などなどと。

講釈師、見て来たように嘘をつき…という慣用句よろしく。
一体誰から訊いた話なのだか、
きっと薙ぎ払われた奴らの腹いせもあろう、
ワルっぷりが何十倍にもなってる悪党伝説。
怪しいにも程があるぞという話が、
周囲を取り巻く人垣の中、
あっと言う間に伝言されてったようであり。

 “………。”

確かに腕に覚えはあるし、
だってのに部活に参加してない事由、
実は学年をダブっているからだってのに、
あれこれといいかげんな話で糊塗されているのへも、
そういった風評は今更か、
どんな風に解釈されよと関心もなく。
聞こえよがしな声もあったが、
慣れもあるのか見向きもしなかった様子のご当人はといや、

 “さてはこの坊ちゃん、
  あの産直スーパーだけに止まらず、
  ガッコでもアイドルだったりするらしいってか?”

さっき、彼の鶴の一声で
不審者騒ぎがあっさり鎮火したことといい、
わ〜いわ〜いvvと手放しで嬉しそうなルフィ自身へは、
棘も針も、気配すら向いてない空気なことといい…というの、
そ〜れは素早く感じ取っており。
自分を取り巻く空気を読むのは苦手でも、
何か1つに限ってともなれば、
察しは案外いいらしい青年剣士殿。
特に媚もしなけりゃ、確か柔道やってるとかいう話だから、
弱々しくも頼りない身でもないくせに、
それでもこうまで…
不審な来訪者の正体が明らかになってもなお、
お元気坊やがはしゃいでの、
ばしばしっと背中なんぞ叩いてくるの、
嬉しそうに受け止めている顔が多いのへ、

  な〜んか面白くねぇぞと

凛々しい眉をひくりと震わせ、
用向きはもう済んでいるはずなのに、
何故だか立ち去りがたい気分でおいで。

 「…あ、そうだ。ゾロも見て行けよvv」
 「はい?」

  俺サ、赤組の応援団長なんだ。
  あ、来月の運動会の話だけどな?
  そいで、このカッコで、
  指揮ってゆか、音頭取るんだけど、と。
  屈強精悍、
  がっつりした四肢も頼もしいゾロに比すれば、
  まだまだ寸の足らぬ腕をひらひらと振り回し、

 「今日、やっと段取りが一通り決まったんで、
  通しでやんの、観てかねぇか?」

ワクワクッと大きな双眸を見張って言うのへ、

 「いいんすか?」

部外者なのにと、一応は謙虚に言ったものの、
にっかり微笑ったお顔は 見る気満々だったし。
周辺の皆さんを、視線だけでぐるんと睨み回した辺り、
挑発の仕方も一応は御存知ならしくって。

  「……そっか。
   あいつってば案外と大人げないんだヨイ。」

そうと評したのが、
たまたま担当の農家さんがこっちだったのでと、
通りすがったそのまま、
遠目ながらも一部始終を目撃しちゃったマルコの感想ならば、

 『それよか、
  しっかり脈ありだってことを、
  随分と広めちまったんだねぇ、そいつってば♪』

案外と底が浅くて愉快愉快とばかり、
屈託なく笑ったのがルフィの兄貴、エースだったという。
見守る大人たちにも問題なくないかという、この恋路。
はてさて、この秋の内にでも何とか実るのかなぁ?





   〜Fine〜  2011.09.29.


  *朝晩は涼しくなりましたが、
   昼はまだまだ暑いくらいですよね。
   何でこんなに暑く感じるんだろう。
   はっ、まさかこれが噂の更年期障害か?なんて
   おばさんたら、余計な心配までしちゃったぞ?
(大笑)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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